株式会社エス・アイザックス商会 S.Isaacs & Co., Ltd 03-6410-7262(代表) ご注文専用FAX⇒0120-558-852
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社歴

たちは社員数20名ほどの小さな商社です。 現在の組織に登記されたのは昭和33年2月ですが、わが社の創業は大変古く、慶応2年です。慶応2年ってどんな時代のどんな年だったかご存知ですか? そうです、それはまだ江戸時代の末期、徳川家最後の将軍慶喜が大政奉還し、明治維新によりわが国が近代国家として歩み始める直前の頃です。

Sigmund Isaacs

の様な年に、ユダヤ系のアメリカ人、シグマンド・アイザックスと言う人 (わが社の社名エス・アイザックス商会の由来です)が横浜の居留地にわが国貿易界の草分けとして貿易業務を始めました。 その後明治、大正、昭和を通じ太平洋戦争勃発にいたるまで、各種の輸出入貿易品を取り扱い発展してきました。初期の頃、特に貢献しましたのは、 スイスからの時計の輸入で、時計王服部金太郎氏の伝記の中に出てくるアイゼキとありますのはアイザックスの事であります。

勢の変化と共に、戦前取り扱った商品もいろいろ変化してまいりましたが、 イギリスを含む欧州諸国よりは医薬品、羅紗、板ガラス、キングジョージウイスキー、コティー化粧品、その他雑貨類を輸入致しました。 更に世界各国に対し絹、綿織物、生糸、一般雑貨類を大量に輸出致しました。また保険部を設けパラタイン火災保険会社(イギリス)の代理店としても活躍しました。 2代目社長のアイザックスは、社務の傍らチェコスロバキヤの名誉領事を兼ねた事もありました。この社長に関して余り知られていない逸話があります。 彼は大の親日家であったばかりか、今で言う典型的なワーカホリックであったそうです。その様な仕事一辺倒の男にも趣味がたった一つあったようです。 それが競馬です。東京府中にある競馬博物館の資料によりますと、わが国の競馬の起源は大宝元年(701)の宮廷競馬だそうですが、 洋式の競馬がはじめてわが国で行われたのは、文久2年(1862)横浜居留地にいた外国人によるものだそうです。しかもわが国に一番最初に出来た洋式の 競馬場はやはり横浜の根岸競馬場で、その完成はわが社の創業開始の年と全く同じ慶応2年(1866)だそうです。アイザックス氏は洋式競馬の発展に大変寄与して、 その功績をかわれ昭和15年に日本競馬会により表彰を受けております。この表彰状は、今ではわが社の宝物であります。(下図クリックで拡大) 競馬博物館の資料

社長は太平洋戦争勃発直前に帰国し、再来日を念願しておりましたが、80歳の高齢をもって他界されました。第二次大戦後、民官貿易再開と共に、3代目社長として小倉金蔵が就任し、横浜において日本法人を設立し、称号並びに取引関係一切を継承しました。昭和33年2月、時代の変化に対応し、業務の強化をはかる為、横浜から東京に移動し、同名法人を設立して再発足しました。昭和60年、4代目社長に小倉忍が就任し今日に至っております。